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札幌地方裁判所 昭和62年(行ウ)9号 判決

札幌市北区屯田三条二丁目一番四〇号

原告

岡西功

右訴訟代理人弁護士

三木正俊

札幌市東区北一六条東四丁目

被告

札幌北税務署長 岩井正尚

右指定代理人

大沼洋一

箕浦正博

猪又間喜雄

桜井博夫

高橋徳友

荒木伸治

平山法幸

主文

一  被告が昭和六〇年一〇月五日付けでした原告の昭和五九年分所得税の更正並びに過少申告加算税及び延滞税の賦課決定を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

主文と同旨

第二事案の概要

一  事案の要旨

1  原告は、昭和五九年一月一日から同年一二月三一日までの年分(以下「昭和五九年分」という。)の所得税の確定申告に際し、分離長期譲渡所得をゼロとして申告したところ、被告から、別紙物件目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)の譲渡所得が過少に計上されているとして、昭和六〇年一〇月五日に更正処分並びに過少申告加算税及び延滞税の各賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)を受けた。

2  原告は、本件各土地の売買代金の一部をもって保証債務を履行したが、主債務者に対する求償権の行使が不能となったから、右行使不能になった金額は所得税法六四条二項(保証債務の履行のための資産の譲渡の場合でその求償権の行使が不能となった場合等の所得計算の特例)により、当該所得の金額の計算上、なかったものとみなされるべきであるとして、被告のなした本件各処分の取消を求める。

二  争いのない事実

1  本件各土地の譲渡

原告は、昭和五八年一〇月一四日、札幌市土地開発公社に対し、本件各土地を四億二三一五万六二六九円(以下「本件譲渡代金」という)で売却した。

2  原告の新琴似農協、篠路農協への弁済

原告は、昭和五八年一〇月二七日、本件譲渡代金の一部をもって、別表1記載の債務(以下「別表1の借入金」又は「別表1の1の借入金」等という。)について、同別表記載のとおり、新琴似農業協同組合(以下「新琴似農協」という。)に八七七九万一六二〇円、篠路農業協同組合(以下「篠路農協」という。)に五三六八万一八三六円と弁済した。

3  課税処分等の経緯

(一) 原告の、昭和五九年分の所得税についての確定申告及びこれについての本件各処分等の課税処分の全経過は別紙課税状況一覧表記載のとおりである。

(二) 原告が、右確定申告に際し、分離長期譲渡所得をゼロとしたのは、左記(1)から(2)ないし(4)を控除するとマイナスになり、所得が発生しないことになると判断したからである(租税特別措置法三七条一項及び同条四項、所得税法六四条二項)。

(1) 収入金額 一億三三一五万六二六九円

ただし、本件譲渡代金四億二三一五万六二六九円から取得ないし取得する予定の買替資産総額二億九〇〇〇万円を控除した額。

(2) 取得費 二一一五万七八一三円

(3) 譲渡費用 五〇八万一五〇〇円

(4) 求償権の行使不能 一億四一四七万三四五六円

ただし、本件譲渡代金のうち、新琴似農協及び篠路農協に対して弁済した一億四一四七万三四五六円はいずれも保証債務の履行としてなした。これにより主債務者に対し同額の求償権を取得したが、主債務者が無資力で求償権の行使が不能となったので、所得税法六四条二項が適用されるものとなった。

(三) 修正申告

原告は、昭和六一年四月三〇日付けで、被告に対し、買換資産の取得価額がその見積額に満たなかったため、所得税法三七条の二の二項に基づき、次のとおり修正申告した。

買換資産の取得価額と見積額との差額である六九八二万五七八〇円を譲渡所得の収入金額とし、その収入金額に対応して認容される必要経費四一万一一五四円を控除した六九四一万四六二六円を譲渡所得金額として、これを被告がなした更正処分額である譲渡所得金額一億一九五七万七八六二円に加算して、譲渡所得の金額を一億八八九九万二四八八円、納付すべき税額を四四五九万三二〇〇円(一〇〇円未満切り捨て)とする修正申告。

三  争点と双方の主張の要旨

1  争点

本件の主要な争点は、本件譲渡代金中、新琴似農協及び篠路農協に弁済された金額について所得税法六四条二項の適用があるか否かである。具体的には次のとおりである。

(一) 別表1の借入金の債務者は我妻久芳(以下「我妻」という。)であり、原告はその保証人にすぎないか。

(二) 原告は、右各債務の保証人となった際、我妻が将来無資力となることを認識していたか。

2  原告の主張

(一) 別表1の借入金の債務者は(別表1の5の借入金についても実質的には)我妻であるところ、原告は、右各債務の保証人として、新琴似農協又は篠路農協に対し、本件譲渡代金で別表1の借入金債務を弁済した。

(二) 原告は、右弁済により我妻に対し弁済額相当額である一億四一四七万三四五六円の求償権を取得したが、同人が無資力であるため求償権は行使不能となった。

(三) 原告は、別表1の借入金債務を保証した際、我妻が将来無資力となることを予見していなかった。

(四) 本件譲渡代金のうち、右弁済に供した一億四一四七万三四五六円に対応する額は所得税法六四条二項により所得の金額の計算上、なかったものとすべきである。

3  被告の主張

(一) 別表1の借入金債務は全て実質的に原告が主債務者であるから、これを弁済したからといって所得税法六四条二項の適用を受ける余地はない。

(二) 仮に、原告が右各債務の保証人であったとしても、原告は、保証の当時、主債務者が無資力で弁済能力がないことを認識していたのであるから、主債務者に対し利益供与又は贈与したものとみなされるべきで、同項にいう求償権の全部又は一部を行使することができないこととなった場合に該当せず、同項を適用する余地はない。

四  証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  関係人

1  原告は、中学校を卒業した後、家業の農業に従事していた。

2  我妻は、原告と中学校の同級生で、昭和四八年七月二五日に管工事、測量設計の施工業務等を業とする札幌基礎調査株式会社(以下「札幌基礎調査」)という。)を設立し、同社の代表取締役に就任した。同社は、我妻が実質的唯一の経営主体として、官公庁相手の地質調査を主たる業務としてきた、我妻の個人企業に類する会社であった。

(以上、1、2につき、原告本人尋問、我妻証言、甲一、七、三八、三九号証、乙三号証の二)

二  札幌基礎調査の債務増加と原告の資金援助等

1  札幌基礎調査の経営悪化

札幌基礎調査は、昭和五二、三年ころ請け負った調査がうまくいかなかったことに端を発して債務が累積するようになり、昭和五五年一一月頃にはその額はおよそ一億円ほどに達していた。(我妻証言)。

2  原告の資金協力の開始

我妻は、札幌基礎調査の資金繰りに苦しんでいたところ、昭和五四年ころ、クラス会の打合せのため会うようになった原告に資金協力を依頼した。原告は、これに応じて資金決済等短期的な資金融通のため数十万円単位の手形の裏書を行う等、協力するようになった(原告本人尋問、我妻証言)。

3  原告の役員就任等

原告は、昭和五五年ころ、我妻から札幌基礎調査を一緒にやるよう求められ、これに関心を示し、昭和五五年一一月一一日には我妻の依頼で自己所有の札幌市北区屯田三条一丁目五六番地三の土地に債務者道央建設協同組合のため極度額四〇〇〇万円の根抵当権を設定(以下「昭和五五年一一月一一日付極度額四〇〇〇万円の根抵当権」という。)することにより、札幌基礎調査が岸本福成から短期資金の融資を受けることに協力したほか、札幌基礎調査に二五〇万円出資するとともに、昭和五六年五月一五日、同社の取締役に就任し、月額一〇ないし二〇万円程度の報酬の支給を受けるようになった(原告本人尋問、我妻証言、甲四号証の2、甲二一、二二、三七、三九号証、乙一二号証)。

三  金融業者からの借入れと原告の立場

1  原告は、昭和五五年一二月5日以降も、札幌基礎調査の資金繰りに充てるため、自己名義で借用するようになり、昭和五六年末頃には同人名義で少なくとも別表2記載のとおり四口八四〇〇万円の債務を負担するに至った(争いのない事実)ほか、同年一二月二六日には、債務者我妻とする札幌基礎調査の資金繰りに充てるための、岡庄助からの金四〇〇万円の借金について連帯保証人となった(原告本人尋問、甲二六号証)。

2  ところで、別表2記載の債務について原告が債務者となったのは、貸主である業者が資産のある原告を名義人とするのでなければ融資をしないと迫ったためであり、右借入金の管理、利息の支払は札幌基礎調査が行い、いずれも同社の債務の返済等に使用された(甲一六ないし二〇号証、二七ないし三五号証、原告本人尋問、我妻証言、山本健一証言)。

以上の事実によれば、右各債務の実質的債務者は我妻で、原告は実質的には保証人の立場にあったと認めることができる。

3  なお、別表2記載の八四〇〇万円の債務の総てについて、金融業者から原告に対する貸付に対応する形で、同日、原告から我妻に対し、同額の金員を貸し付ける旨の金銭貸借契約書が作成され(我妻証言、原告本人尋問、乙三号証の四ないし七)、あたかも、金融業者から原告が借り受け(したがって、その関係では、原告が債務者である)、これを原告が債権者となって我妻に貸し付けたかのような状況が存在する。しかし、証人我妻は、これは健康に不安のあった我妻が原告から、原告名義を使用して札幌基礎調査の資金調達を行う等の資金上の協力を受けていることを明らかにしておくため、一時にまとめて借用書を作成したものであると供述すること、右契約書に表示された債務について我妻から原告に対し利息が支払われたことはないこと(乙三号証の二、証人我妻の証言、原告本人尋問の結果)に徴すると、右認定の事実も2の判断を左右するものではない。

四  農協への融資申込みと融資の実行・金融業者への弁済

1  新琴似農協の金融課長であった、正井邦彦(以下「正井」という。)は、遅くとも昭和五六年九月中旬ころ、新琴似農協の組合員であった原告が札幌基礎調査の資金を得るためいわゆる街の金融業者から高利の融資を受けていることを知り、これを農協の資金に借り換えることを原告、我妻らに勧めた(正井証言)。

右融資を行うに際しては融資限度枠の問題があったため新琴似農協だけではなく、篠路農協も加えることになった(正井証言)。

2  昭和五五年一一月一日付極度額四〇〇〇万円の根抵当権は、その後、権利者が谷岡憲一及び藤原昭二に移転後、さらに篠路農協に移転したが、昭和五八年一〇月二二日解除により抹消登記された(乙第一二号証)。

この事実によれば、同根抵当権の被担保債務が同日ころ弁済されたことが推認される。

3  我妻は、原告及び我妻名義で別表1記載のとおり合計一億二九一四万円の融資を受け、借受利息等を控除後の一億二八〇二万円により、篠路農協の右根抵当権の被担保債務のほか、別表2記載の債務を含む金融業者からの債務の弁済に当てた。

(一) 別表1の1の借入金は、昭和五六年一〇月二日にいったん我妻名義の口座に入金された後、同日、現金で払い出されて、債務返済のため、金融業者である谷岡憲一名義の口座に二〇〇〇万円、岡庄助の口座に一〇〇〇万円と振り込まれた(乙一六、一七、二一、二三号証、我妻証言)。

(二) 別表1の2の借入金は、昭和五六年一二月二六日にいったん我妻の口座に入金され、同日、二五〇〇万円が現金で払い出されて、岡庄助への債務の弁済として、同人に支払われた(乙一七、四二、五一、五二号証、我妻証言)。

(三) 別表1の3の借入金は、その全額が昭和五六年一〇月五日に原告名義で篠路農協から借り入れた三八〇〇万円の返済に充てられた。

右昭和五六年一〇月五日付け借入金三八〇〇万円は、利息天引後、うち一二〇〇万円が長尾勝四郎への債務の弁済に、うち二五〇〇万円が山本健吉への債務の弁済に充てられた。

(以上、乙一七、一八、二五、三六ないし三九、四一、四五、四六、四七、四九、五〇、五四、五五号証、我妻証言)。

(四) 別表1の4の借入金は、昭和五七年一一月二四日、新琴似農協の別段預金に入金された後、同年一二月二七日、二二九二万円が山本健吉への債務の弁済として、同人に支払われた(乙二四、二六、五六号証、我妻証言)。

(五) 別表1の5の借入金は、昭和五七年一二月二八日、利息天引後の一二一〇万円が山本健吉への債務の弁済に充てられた(乙二五、五九、五八号証、我妻証言)。

五  別表1の借入金債務の実質的債務者

前認定のとおり、〈1〉別表1の1ないし4の借入金債務について原告が保証人として新琴似農協又は篠路農協との間に金銭消費貸借契約が締結されていること、〈2〉同5の借入金も別表2記載の山本健一に対する債務の弁済に充てられた(我妻証言、原告本人尋問)ことに同1ないし4の借入金弁済状況を総合すると、同5の借入金債務も原告名義による我妻ないし札幌基礎調査の一連の債務の整理のためなされたものと認めるのが相当であることに加えて、〈3〉原告及び我妻は、別表1の借入金の実質的債務者は我妻で、原告は保証人にすぎないと供述し、また、証人正井邦彦も、別表1の1ないし4の借入金のほか、同5の借入金についても実質的に我妻が債務者と認識していた旨供述することを斟酌すると、別表1の1ないし4の借入金についてはもちろんのこと、同5の借入金についてもその実質的債務者は我妻であり、原告は連帯保証人にすぎない

と認めることができる。

六  被告の反論について

1  ところで、別表1の1の借入金について新琴似農協に提出された借入金申込書の借入申込人欄には原告の氏名が記載されていたこと(正井証言、乙二二、二三号証)、同2の借入金について新琴似農協に提出された借入申込書の借入申込人欄には我妻の氏名が記載され、欄外に前記正井が「岡西功の件S五六、一一、一一日担当理事と協議ギ……」等と記載したこと(正井証言、乙四二号証)、右貸付金について作成された金員借用証書の作成日付が原告の印鑑により訂正されていること(乙四三号証)、同3の借入金の借入れに際し、原告自身が証書貸付により借り入れた金員をもって利息を支払っていること(乙五四、五五号証)、同4の借入金について新琴似農協に提出された借入申込書の借入申込人欄には我妻の氏名が記載されているされているものの、償還財源欄に「土地売却代金により(公共用地売却の計画有)」と記載され(乙二四号証)、原告が当時札幌市に公有地の拡大の推進に関する法律に基づく届出書を提出していたこと(乙二八号証)、別表1の借入金債務に関して設定された根抵当権設定登記上、原告が債務者とされていること(原告本人尋問)によれば、別表1の借入金債務の債務者が原告ではないかとの疑問も生ずる。

2  しかし、証人正井邦彦の証言によれば、右のように借入申込人を原告と記載したのは原告が新琴似農協の組合員であったことからそのほうが内部審査にかける際了承を得やすいためであり、根抵当権上原告を債務者としたのは保証債務として被担保債務に含まれると考えていたためであることを認めることができ、そうすると右1の事実も前記認定を覆すにいたらない。

七  我妻の資力についての原告の認識

1  我妻及び札幌基礎調査は、現在、いずれも無資力の状態にある。(弁論の全趣旨)

2  本件全証拠によるも、原告が保証人として、別表1の借入金債務を負担した当時、我妻に対し求償権を行使することが不能となることを認識していたと認めるに足りる証拠はない。

3  もっとも、第三の二1、2、三で認定の、当時、札幌基礎調査が個人金融業者から多額の資金を借用せざるを得ない状況にあったことに加えて、原告は我妻及び札幌基礎調査に不動産等の資産がないことを知っていたこと(原告本人尋問の結果)が認められる。

しかし、原告並びに証人我妻及び同正井は、原告及び我妻が個人金融業者からの借入金をまとめて農協からの借入金に一本化しようとしたのは、個人業者からの高利の金利負担を軽減すれば札幌基礎調査の資金繰りも好転し、経営が立ちゆくだろうと考えてのことであった旨供述し、右供述及び前認定の我妻と札幌基礎調査との一体性に徴すると、右の事実から、原告が保証当時、別表1の借入金債務について、主債務者である我妻が弁済不能となる(我妻に対し求償権を行使することが不能となる)ことを認識していたと認定することはできず、他に右認識があったことを認めるに足りる的確な根拠はない。

第四結論

以上によれば、本件譲渡代金中一億四一四七万三四五六円について所得税法六四条二項を適用しなかった本件更正並びに過少申告加算税及び延滞税の賦課決定の各処分はいずれも違法であるから、これらを取消すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 畑瀬信行 裁判官 石田敏明 裁判官 鈴木正弘)

課税状況等一覧表

〈省略〉

(別表 1)

保証債務一覧表

〈省略〉

(別表 2)

債務一覧表

〈省略〉

物件目録

一 札幌市北区屯田三条一丁目五四番一

畑 二六二平方メートル

二 札幌市北区屯田三条一丁目五五番

田 三六三二平方メートル

三 札幌市北区屯田三条一丁目五五番一

用悪水路 三六六平方メートル

四 札幌市北区屯田三条一丁目五六番一

用悪水路 二七四平方メートル

五 札幌市北区屯田三条一丁目五六番三

畑 三四二七平方メートル

六 札幌市北区屯田三条一丁目五四番一

畑 三一二三平方メートル

七 札幌市北区屯田三条一丁目五八番一

田 九九六平方メートル

八 札幌市北区屯田三条一丁目五九番一

宅地 四七九・四二平方メートル

九 札幌市北区屯田三条一丁目五四番一

田 三六〇平方メートル

一〇 札幌市北区屯田三条一丁目五四番一

用悪水路 三七五平方メートル

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